掲載記事は シュピンドラー千恵子の執筆により、
オートメレビューオフィシャルサイト「安全工学講座」に連載中です。

グローバル時代の生き残り戦略

3) 人の振り見てわが身を正せ

ヨーロッパへ行って来た。空港もホテルもいたる所、回転ドアだらけだ。これまで何度もヨーロッパに滞在しているが、この事実には気にもとまらなかった。

昨今日本で話題になっているこの「魔」の回転ドアについては、オランダ人も知っていた。ニュースはしっかり海外まで届いている、「どこだっけ・・六本木ヒルズだったよね」。

私は回転ドアが嫌いだ。急いでいるのにゆっくり回り、自分のペースでなくドアのペースで歩くから。スーツケースを載せたカートが、回って来るドアのスペースにうまく入れるよう気にしながら、向こうから来る人達のボリュームを勘定しタイミングをあわせリズミカルに突入する。

時には入ったものの動かなくなり一瞬閉じ込められることもある。まったく不便で仕方がない。私から見たらうっとうしい回転ドアだが、それでも存在する価値があるからいたるところに存在するのであろう。強盗など悪い人達が一気に入ってきたり逃げたりできないためなのか、強風防止か、室内温度調節のためか、あるいは子供が外に飛び出さないようにするためなのか。

六本木ヒルズがこれを採用した理由は何だったのだろうと考える。安全確保のためか、それともファッションか?。機械などの安全確保において、安全を優先すれば、不便になることがよくある。公共の場において、ヨチヨチ歩きの子供から杖をついて歩くお年寄りまですべての人が利用するこのドアのリスク評価はいかなるものだったか。人を殺してしまった以上、十分に実施したとは断じて言えず、いまだ導入目的がわからない。

自動車メーカーの欠陥隠し事件も、ほころびが留まらなくなってきた。最近のニュースでは乗用車にまで欠陥隠しがあったと報道され、とうとう元社長が4年前当時の品質保証部の幹部からクラッチ部分の欠陥の詳しい報告を受けていたことが明らかになった。

放置すれば5年間で80件の事故が発生されると予測され、非常に危険、リコールに該当するとの結論に至ったにもかかわらず、上層部は「費用がかかる」とヤミに隠し、社長もそれを了承した。この社長は今では容疑者と呼ばれている。

複数の死傷者を出した重大なこの事件は、最初の発覚から実に14年も経っている。この間ずっとユーザーやステークホルダー(利害関係者)は騙され続けられてきたことになる。

一方、気になるのは欠陥製品の回収の必要性を、品質管理システムの適合性を審査する外部機関が長年にわたって気づかなかった点。信頼性・安全性も品質のひとつであり、審査員までだまされたら何のための第三者審査かわからない。

「ウミ」を出し切って信用を回復し、生まれ変わりますと言われても、裏切りの範囲と深さは計り知れず、信用回復はもはや難しいと思うし、出来たとしても相当な年月がかかるであろう。その間、ディーラーは客の来なくなった店で必死に販売活動するであろうが、新車も中古車も売れなくなってしまった「負のスパイラル」状況でいつまで食べていけるだろうか。

グループ会社の支援姿勢はいまだ崩れてないが、腐った手だけを切り落としてしまったほうが、死は免れるという考え方もある。失敗してもお母さんが助けてくれるのは時間の問題であろう。

この会社にはコーポレートガバナンスが存在していなかった。法令遵守していなかったばかりか、株主にもウソをつき続けてきた。

ワシントンは桜の木を自分が折ったと自ら謝った。子供から「私がやりました、ごめんなさい」と言われれば注意こそすれ怒る親はいないだろう。松下電器産業の中村邦夫社長は「スーパー正直」をCSR(企業の社会的責任)のキーワードとし、不安な製品を一歩も外に出さないと表明。

今回のこの両事件はどの企業でも起こり得ることであり、社会的責任の重さを各社はわが身に置き換えているに違いない。この事故はすべてのモノづくり企業への警鐘であり教訓にしない手はない。ビジネスの交渉シーンでは、ウソも駆け引きに使われていることは否定できない。

しかし「安全性」において、駆け引きは確実に命取りである。ISO12100が機械安全の包括基準として指針通達が出されたが強制ではない。労働安全衛生法に取り入れた強制法規にし、違反すると罰則を与えるヨーロッパ型にしたほうが、まだまだ安全観念の弱い多くの日本メーカーには効果的なのかもしれない。

(04年6月23日掲載記事)