掲載記事はナノテックシュピンドラー社長 シュピンドラー千恵子の執筆により、
オートメレビューオフィシャルサイト「安全工学講座」に連載中です。
21) 企業リスクマネジメント 第11話 〜バブル企業の孤独な終焉〜
ベンチャー企業の定義は「高い志と成功意欲の強い企業家を核に、新規事業へ挑戦する中小企業」と一説にある。ベンチャーは概ね小さな会社規模でスタートし、99%は社長のカラーや実力が大いに成功に影響すると言われる。起業した頃の社長は、高い志を胸に、その人なりの夢や目標に向かって、時には利益も忘れて万進する。 ”ボロは着てても心は錦"、困難は多くとも ”一生懸命” が美しい時期である。今ではIT革命の旗手で時代の窮児といわれた堀江社長にもこんな時代があったと思う。10年前に資本金600万円ではじめた有限会社の直近05年9月の経営利益が100億円とは、同じ頃に起業した私にとって信じ難い数字であり、ここ数年来のM&A攻勢、また、タレント活動や衆議院選挙出馬といったパフォーマンスで、市場に大きなインパクトを与え、一人の青年が超大手企業を相手にした想定外の戦略的経営手腕に脱帽し敬意を表したものである。
さすが、東大を中退してまで企業をしただけあっての「やり手」として、彼の頭のよさ、行動力に同じ経営者として評価をせざるを得なかった。その敏腕社長が、証券取引法違反、粉飾決算など、今後の捜査においてもっと明らかになる違法行為の疑いで一夜のうちに犯罪者扱いになってしまい、人も企業も瞬く間に彼から去ってしまった。リスクとは、損害を被る可能性だけでなく勝利のチャンスを含んだ冒険という意味があり、リスクとチャンスは表裏一体であると前にも書いたことがあるが、堀江社長のやり方はリスキーを通り越し、博打経営であったいい例である。ライブドアの前身の名が「オン・ザ・エッジ」というのも今から思えば皮肉な名前で、その頃から、崖っぷち、(左右どちらにぶれてもいい)ボーダーラインといったクリティカルな意味を含んでいたように思えてしまう。
創業当時は、彼なりに高い志があって、事業の中身の成功に全身全霊注力したに違いない。また、周りの会社も彼の熱意に打たれ、賛同協力し、会社は大きくなっていったと思う。ところが、いつしか、事業の中身よりも株価操作で巨額なあぶく銭を稼ぐ組織となり、またそのための隠れみのを組織化し、会社を買いあさる企業へと変化していった。経営幹部は自社株売却の資金を還流させる為の組織づくりやそのターゲットの選定、株の売買に追われ本業を忘れてしまったのである。堀江社長が起業当時10年、20年後どのような企業になり、社会への関わりを描いたかは知らない。最初からマネーゲームによって巨額の富を築き、頂点を目指すことだけを起業の目的にしたのであれば、法の抜け穴を計算し緻密な計画を実行した彼はある意味では成功者といえよう。法や制度を本来想定されたものとは異なる使い方をし、株価をゆがめて利益を得る手法を許した制度と市場の濫用は、その都度議論の対象となり、「問題だが適法である」と市場や法曹関係等の専門家をうならせた。その"抜け”を突くやり方は、頭の良さを感じさせる。しかし経営者たるもの、倫理観なくして経営者であってはならない。原則禁止社会から原則自由社会へと変化している日本経済社会にこそ、企業経営は法を犯さなければ良いというものではなく、自らが厳しくコンプライアンス経営を実践することが求められている。企業はルールの隙間を狙っての成長や、資金が化けることを期待するのではなく、着実な成長、経営の王道を歩むべきであるこのことから考えると、彼は単なる頭のいいコドモであったようだ。企業は理念のもとに人で成り立っている。カリスマ性や奇策経営だけでは、人は人について行かず、カネについていく。孤独なトップの終焉を見る思いである。創業10年、彼が市場を去る2006年初頭、現行制度の盲点に一石を投じ、改革促進に貢献したことだけは評価したい。
(06年1月25日掲載記事)
