掲載記事はナノテックシュピンドラー社長 シュピンドラー千恵子の執筆により、
オートメレビューオフィシャルサイト「安全工学講座」に連載中です。

グローバル時代の生き残り戦略

10) 海外企業との付き合い方?

グローバル化を推進するにあたって、製品のグローバル化のみならず、海外企業とのかかわり方もグローバル対応していかなければならないのはいうまでもない。では“グローバル対応”として一体何をすべきなのか。

まず国際社会で戦える基本姿勢を自分に叩き込むこと、つまりそれはその相手国の文化、商習慣、もっと掘り下げれば考え方、生き方、ルーツなどを理解し認め、自分自身が真の国際人になることである。

よく海外企業との取引において、一般的に使用言語である英語でのコミュニケーション能力が問われがちだが、それだけでは不足であると思う。英語を話しても、相手に気持ちが伝わり、理解を得られるという保証はない。例えば、信号機の青色信号が欧米人にとっては緑であるように、英語力で意思の疎通が図れても、そもそもの色が「青だ、いや緑だ」といった本質とは無関係の論議に至ってしまうこともある。

所せん日本風土で生まれ育った日本人と、外国で生まれた育った人々とでは、日本でも北と南で違うように、そもそも「感覚」が異なると理解すべきである。それは決して悪いことではなく、新鮮な発想が生まれるといった利点もある。ただし、異文化、異なる商習慣を十分承知した上で、言い換えれば日本人感覚を捨て相手の立場に立って物事を進めないと、必ず“ずれ”が生じ、思ってもいない方向に進んでしまう恐れがあるのである。

契約書や同意書といった書いたもので公に残す必要があるのは、お互いの感覚違いの整合のためであり、日本人的発想である紳士協定といった、信用ベースの運用は通用しないと考えるべきである。「本契約に定めのない事項については甲乙協議の上定めるとする」といった曖昧かつ一見両者にとって都合のいい契約が成立するのは、何か不測があっても一緒に考えましょうといった性善説原則のうえで成り立っているのであり、海外企業との契約においてこの「感覚」を持って接すると火傷をするかもしれない。

製品の取り扱い説明書に、意図しない使われ方をしないような説明をこと細かに記載しなければならないのは、実は製造者を守るための行為なのである。性悪説原則のもと最悪の事態に備えて納得のいく契約の締結は、企業を守るためのライフラインであり、契約社会が欧米に比べて確立されていない日本企業の学ぶべき点である。

契約行為そのものは、法的に専門家を交えて行えばさほど難しい事ではない。但し、契約が十分になされたからといって、決して安心してはならないということを付け加えておきたい。残念ながら、契約書で取り交わしをしていても無視される場合もある。相手先の契約不履行、あるいは契約違反など、不測の事態の対応策の用意ができているか、いわゆるリスク管理としての管理対象になっているかが生き残りの鍵であると考える。前述のような場合、話し合いで解決できず、訴訟に持ち込む場合、国際ルールにのっとり仲裁裁判所は相手国の裁判所で行うのが一般的であるので、訴訟にかかる大変なエネルギーを費やすことになる。よって、いくらこちらが正当であっても泣き寝入りになる場合も少なくない。

国際化が当たり前である昨今において、海外企業との商取引や、コラボレーションといった契約マターは日常茶飯事の行為ではあるが、風土の違う国同士の契約はそれなりに難しく、契約書をあてにしない、危険を察知する能力、回避能力がより必要とされる。裏切られて、泣くのも怒るのも自己責任、狩猟民族に農耕民族になることを求めること自体が間違いであると考えなければならない。

(05年2月23日掲載記事)